« 2016年9月 | トップページ | 2020年11月 »

2020年10月

高校までの学校の勉強は実社会で役に立つか

 私が職業として選択した情報処理業界では、まちがいなく高校までの学校の勉強が大いに役に立ちました。情報処理自体を大学では学ぶことはなく、就職した企業で仕事をこなしながら習得しました。当時の情報処理業界はマイナーでしたので、どこの企業も新人を対象に訓練研修するのが普通でした。

 プログラミングは数学と英語です。英語が得意なら、その分だけ楽にプログラミング技術を使いこなすことができました。ベースとなる基本ソフトウェア=オペレーティングシステムが、アメリカの英語文化の産物です。プログラム言語の表現には、英語と数学の流儀が厳然と流れています。

 また新しい技術は米国発祥のものが多いですから、翻訳本が出版される前に、英語の原書やマニュアル情報で内容を理解できると重宝します。このことだけでも大いに役立ったといえます。

 国語能力は、文化の異なるユーザ側業界からの要望を、プログラム仕様として確定するために必須です。エンドユーザと対面するのは、概念や基本設計、運用の部分です。コミュニケーション能力もまた、各種の打ち合わせにおいて非常に重要です。

 理科や社会は、システム化(役立つアプリを構築)する業界を理解するための基礎として、たとえその一部でも知識があれば重宝します。まったく新たな業界のシステムを受注し、プログラミングを始めなければならなくなったとき、最初に手にする書物は高校の教科書/参考書でした。おしなべてわかりやすく、安価で網羅的なのです。

 そんなこんなで、学校での勉強は、私にとっては実務で直接間接に大いに役に立ちました。

 ちなみに大学でもいろいろなことを学びましたが、実社会で一番役に立ったのは、「簿記会計」「原価計算」の知識でした。どんな企業、どんな団体でもお金を扱います。簿記はそのお金の計算処理にまつわるノウハウを教えてくれます。個人的には簿記3級は高校生全員必須科目に、2級は選択科目にしてほしいくらいです。そうすれば、公的機関でのお金にまつわる無駄な議論を省略できるように思います。なお今は、企業の経理・会計処理は、パソコンが1台あれば、アプリでほとんど事務担当の負担なくできてしまいます。そういう便利な時代だからこそ、簿記を学ぶ重要性は高まっています。パソコンが吐き出す多数の数値を評価するには、簿記会計の知識が必須だからです。パソコン(アプリ)より低い能力では、数表の意味を理解することができないのです。将来AIに仕事を奪われるといった心配をする前に、人間の役割をもう一度熟考してほしいものです。

 

| | コメント (0)

人生の転機に出会ったニフティフォーラム

 私は1990年代前半、教育関係のフォーラムで全国の有志と意見交換していました。インターネットが普及する前、パソコン通信全盛といえる時代です。

 教育関係者は一家言持っている人が多く、フォーラムには連日、様々な意見がとびかっていました。1994年に愛知県で起きた大河内清輝君いじめ自殺事件については、特に熱い論議が展開されました。ある日、鋭い洞察力をもった方が、新たな視点で独自の意見を披露されました。その文章は当時の会員に相当なショックをもたらしました。非常に納得できる論理展開だったからです。この方の意見は、新聞・TV等の一般情報だけで考察されたものでしたが、マスコミで伝えられることはありませんでした。マスコミに出ない正論も存在していることを再認識させられました。というか、マスコミ報道の浅さが露呈されたといいましょうか。

 こういった経緯のなかで、パソコン通信=文章による意見交換は、不特定多数の参加者に平等な機会を提供する最適なツールだと、個人的に確信しました。

・文章で自分の意見を述べる/アップする
・但し、アップする前にそれまでに寄せられたメッセージを全て読む

 ルールはこの2つだけで、実にシンプルです。それこそ、寝る間も惜しんで文章の加筆、訂正、校正、その繰り返し。寝不足になりながら、電話代節約に知恵をしぼりつつ、お互いに健康を気遣い、教育関係の議論が熱く展開されました。当時のパソコン通信は、音声電話をつかっていましたので、従量制の通話料金だったからです。

 大学への進学を機に東京で暮らし始め、そのまま首都圏の情報処理系会社に就職して約10年。家庭の都合でUターンし、教育の職につき、田舎暮らしを始めた直後のことでした。このフォーラムを通じた活動のおかげで、なんだか日本の教育界の最前線で活動しているような実感(錯覚?)をもてていました。

 令和初頭の現在、ネットではYouTubeやTiktokなどの動画、インスタグラムのような画像主体の情報発信が優勢のようです。それに比べると、文字による情報発信&コミュニケーションは、今ひとつマイナーな感が否めません。しかし文章は昔も今も重要な自己表現ツールの1つ。文章を通じた真剣な意見交換の場は、精神の成長にも欠かせません。日本の国語文化向上のためにも、文章で大いに議論しましょう。

 

| | コメント (0)

現代の義務教育のあり方

 ここで少々僭越ながら、教育というものを根本から考えてみましょう。このような命題をあなたはどう考えますか。

・未来に生きる子ども達に、今最良の義務教育とは?

 現在行われている義務教育は、未来に生きる子ども達の役にたつものなのでしょうか。早急に改善・改革しなければならないことは何なのでしょう。

 私自身は、大学生になって最初にやったアルバイトが塾講師でした。以来、教育というものに相応の問題意識をもって生きてきました。途中から本業にもなりましたし、それでなくともアルバイトのような形で教える機会があったためです。1970年代後半は、日本のトップ大学をめざすエリート教育の是非と功罪が問われていました。1980年には、金属バット殺人事件のような教育をめぐる凄惨な事件も起きました。以来、いろいろな問題・課題を抱えつつ、今日に至っています。

 若かったころ塾講師を始めて、塾に子どもを預ける保護者の姿勢に問題あり、まずは親の教育から必要と考えたり、たくましい子どもたちのエネルギーに触れて、日本の未来は安泰だと、妙に安心したり。

 学業を終えてからは、10年近く首都圏の情報処理業界で仕事をし、その間、家庭を持ち息子も生まれて、その息子が小学生になったときです。子どもの学習プリントを見て、驚きました。わずかに覚えている自分の小学校時代の学習内容とあまり変わらなかったのです。

 コンピュータ専門学校に転職して後、高校卒業生にプログラミングや情報処理に関連する各種の科目を教えました。仕事の合間に、中学生の勉強支援を頼まれたりもしました。

 いろいろな教える経験と、若者にそれを伝える試行錯誤を経て、時が経ってもあまり変わらない義務教育は、このままでよいと考えるようになりました。英会話やパソコン操作技術、AIとかは、やりたい子、興味をもった子がやればよいというくらいの認識です。もっと言えば、子ども達には英語やプログラミングの前に、日本語と読書と算数・数学です。

 戦後75年、グローバル化が進み、AIやIoTの時代にもなって、義務教育の内容はあまり変化なし。それでよし、です。結局基礎学力というものは、半世紀程度ではそれほど変わらないものなのだという認識です。

 一方で、中学生の国語教科書をあらためて読んで、その密度の濃さには驚かされました。優に現在のビジネスマン向けノウハウ本にして3冊くらいの内容が詰まっているように感じました。単なる論評、報告書、小説だけではなく、プレゼンテーションやコミュニケーション技術に至るまで、もりだくさんの内容に圧倒されました。ビジネスの第一線に立っている大人が読んでも、納得できる内容だと思いました。

 数学が不得意な子どももいれば、社会科が苦手という子どももいるでしょう。体育が苦手な子どもも、家庭科なんてやってられないという子どももいるかもしれません。それでも、義務教育としては、今の教科全てを学んでもらうのが、日本の教育のスタンスです。高校以上でようやく選択科目が出てきます。それはそれで当然です。就職すれば、ほとんどの人がひとつの専門分野に専念します。

 だからこそ、義務教育では全教科をひととおり学ぶことにしたいのです。中学校までの学習内容については、押し付けでも、強制でも、学んで損なことはありません。それが日本の教育のスタンスでありレベルなのです。

 現代の中学高校の生徒を総体としてみたとき、読書等の文字を通じて得られるはずの感性は全般としては貧弱になり、歌って踊るパフォーマンス分野の能力は著しく向上したように思います。一部の環境や才能に恵まれた子どもたちは、50年前より洗練された感性をもっているということは言えるでしょうが。

 私が義務教育を受けた時代から約半世紀、内容に変化はなくとも、子どもと保護者をとりまく周辺環境は激変した感があります。ネットとICT機器を駆使した保護者相互間のコミュニケーションや学校との連絡網。webによる学校情報の伝達配布。最新のオリジナル文献にもすぐにアクセスできる手軽さ。教師のスキルに対する疑念をお持ちの方もいれば、モンスターペアレントの出現に悩む学校側の悩みもあるでしょう。

 変わる周辺環境と変わらない、教科内容。ここに、内容は変わらずとも、それを扱い応用する面での違いが、未来に生きる子どもに、何か、今は見えない大きな可能性と、裏腹の大きな問題を孕んでいるように思えてなりません。

 

| | コメント (0)

最後は楽しく勉強できるかどうか

 中学数学の代名詞は方程式でしょう。一次方程式から始まって連立方程式、二次方程式と進みます。どなたも二次方程式の解の公式を覚えたことと思います。文章の応用問題としては、「みはじ」つまり、道のり、速さ、時間から解き進める、速さの問題や、濃度の問題が定番です。私の場合、中学数学の計算系の指導においては、これらの定番問題を経て、いわゆる「時計算」で仕上げます。時計算とは、アナログ時計を前提に、「4時と5時の間で短針と長針が重なるのは何時何分何秒か」といった問題です。先日、中学3年時から担当してきた高校2年生に解いてもらいました。既に解いた記憶はあるのですが、あらためてやると少し難しい問題です。結局、紙にメモをいろいろ書きつけて、一度はまちがってやり直して、18分かかりました。本人も独り言のように言っていました。「昔やった問題をあらためてやると楽しいなあ。」今は高校2年生で、ベクトルや三角関数、数列を経て、微積分をやっています。その段階での感想です。

 さてここであらためて、この「楽しさ」の意味を考えてみましょう。勉強の楽しさとは何でしょう。成果を出すとお小遣いをもらえるといった物欲を満たす楽しさとか、クラスで優位に立てる名誉欲を満たすことによる楽しさとかもあるでしょう。でもまあ、当然ながら教える方としては、純粋に数学の楽しさを味わっていただきたいと思います。時計算には定番の等式があるような、ないような。その人の感覚でいろんな式を立てることができます。答えは同じになるとしても、考え方はいろいろ。これをおもしろいと考えられるかどうかです。

 物理をおもしろいと考える生徒は多くいます。しかしそれ以上に大嫌いという生徒が大勢います。やる意味がわからない。公式が多すぎるetc。国語も、普通に好きだと思っている生徒もいれば、難しい漢字ばっかりでわけわからないことを書いてある科目だと考えている生徒もいるでしょう。

 なぜおもしろくないのか。わからないから。

 わからないなら、なぜわかろうとしないのか。嫌いだから。

 嫌いだから、勉強したくないという生徒に、学問のおもしろさがわかるはずはありません。どんな教科でもかまいません。ひとつでも純粋におもしろいと感じる教科を高校時代に見つけられるかどうか。これがその後の人生に大きな影響を与える気がします。

| | コメント (0)

子どもに勉強させる/していただく 番外編

これまでいろいろな中・高校生達と、ご家族をまじえて勉強のお手伝いをしてきました。ご家族とともに指導方針を検討していくのが私のやり方です。そのなかでベストファミリーともいえるご家族が採用した方法はとってもシンプルです。「小・中学生のうちはゲームを一切やらせない」というルールでした。ゲーム機を買ってもあげないし、家でゲームをやらせることもない。半分は父親が主となって子どもに強制したものです。しかしながら、一方的な強制ではありません。取り決めるまでに家族で充分話し合って、本人もしぶしぶながら了承して、家庭のルールとしたものです。友達がほぼ全員ゲームをしているなかで思い切った決断だったことでしょう。でも、本人も納得していました。「自分の性格上、途中でやめることはできない。」「やれば絶対ハマってしまう。」という自覚もあったようですから。

さて、ゲームを一切やらなかったのなら、らくに充分な勉強時間が確保できただろうと想像されるでしょうか。そんなことはありません。TVもあればマンガもあります。ゲームにハマリ過ぎて時間をとられることだけはなかった、というだけのことです。この平和国家日本は、子どもにとって魅力的なモノに満ちあふれています。それでも、半強制から始まって、子どもながらの自覚を経て、中3までゲーム無しを実践したご家族のチーム力は称賛にあたいします。後に、本人が高校2年生になった時点で、この取り決めの評価を直接尋ねてみました。その返事は、「自分はそんなにできる方じゃない。そうでもしなければ、志望校に合格できなかっただろう。」という謙虚なものでした。徹底的に話し合って、本人の自覚を促しかつ信頼し、精神的な成長を図ることが何より重要だと実感した次第です。

| | コメント (0)

子どもに勉強させる/していただく 覚醒

さて、小学生から中学を経て、高校へ。果てしなく続くかの教育に関する迷いを経験して、努力また努力の継続。子どもが大学受験する頃には、勉強を好きになれたかどうかが重要です。好きになれないまでも、自覚と意志をもって勉強に取り組んでいるかが問題です。強制的に勉強をさせるような方法が効くのは中学生の1年まで、せいぜい2年生前半くらいまででしょう。3年生ともなると、面従腹背的な態度も出てくるものです。子どもだけを批判してはなりません。保護者の態度が面従腹背を呼んでしまったと考えるべきです。高校の学習においては、範囲が広く、各教科の難易度も相当なものですから、強制されて勉強ができるようになるものではありません。よくても一夜漬け程度の効果を得るのがやっと。つまり、試験が終わったら忘れます。さらに一夜で覚えられるレベルは赤点を免れるくらいがせいぜい。高校の学習は、自己の意志、使命感、プライドをかけてするものです。小中学生のようにはいきません。

もし、子どもさんが今高校生で、小学生のころは神童と呼ばれ、中学生のときはトップクラスで、今は成績不振に悩んでいるとしましょう。既に塾に通わせたり、良い指導者に預けたりと種々の手を尽くしてきたと仮定します。そんな場合、まず勉強へ意欲、向学心があるかどうかの確認が重要です。子どもながら親の期待を背負って、成績をアップしたいとは思っていることでしょう。でも本人の主体的な向学心はいかがなものですか。低迷する成績にもかかわらず、本人は勉強をやりたいと言っていますか。そうでないなら、どうしますか。認めたくない気持ちはわかりますが、それは勉強というものがその子に向いてないということではありませんか。少なくとも現在の勉強には興味をもてないということでしょう。いさぎよくあきらめるのも一方法です。

ご両親が、例えば卓球が得意でご夫婦ともにインカレまで参加した実績があるとしましょう。誉ある卓球一家に生まれた一人っ子という仮定です。当然のようにわが子のために幼いころから練習環境をつくって、卓球の魅力を伝えようとするでしょう。中学生くらいまではまず問題ありません。でも、高校になったら本人の意思を尊重することにしませんか。客観的にみれば大会での成果もたいして出ていない、それどころかレギュラーもあやうい。本人が卓球を続けようか迷っても当然でしょう。既に天才卓球少年とかマスコミに騒がれる年下のライバルが出現しているかもしれません。だれもがインターハイに参加できるレベルまで上達するものではありません。努力とともに持って生まれた素質も必要なのです。やるだけやったのなら悔いはないはずです。一方で、客観的な成果がないにもかかわらず、本人に迷いがないのなら、応援しましょう。インターハイに出場できなくとも、インカレに出場できるかもしれません。ノーベル賞級の偉人は、けっこう遅咲きの人が多いようですし。

卓球はともかく、大学進学は就職に直結することだし、勉強をやめさせるなんて、子どもの将来が心配でできないとおっしゃいますか。でも勉強だけが子どもの将来を約束する手段ではありませんよ。かくいう私は子どもを大学に進学させていません。勝手な想像ですが、私という親の背中を見ていたからこそ、高卒で就職することを決めたと思っています。勉強の道を進むとこんなにずっと勉強し続けなければならないのかと、高校生ながら悟ったのではないかと考えています。私は現役としてバリバリ仕事をしていた55歳くらいまでは、小説を読む時間なんてまずとれませんでした。常に新技術に関する本を買ってきて、必要な道具を購入し、ハードソフト両面に投資し、仕事に遅れをとらないだけの技術を習得し続けていました。先端技術開発も多少はありましたが、大部分は遅れを取らない程度の勉強でした。

1980年代の初めから私の職歴は始まりました。文系の大学を出ても技術者になれるコンピュータ関係の仕事=情報処理技術者を選びました。そのころから20年、プラットホームはパソコンが主となり、基本ソフトウェア(=OS)が急激に進歩し、最先端技術を10年かけて習得しては、新技術出現のために半ば捨てていた時代が続きました。旧技術を捨てることができない技術者は、ある意味現役脱落。経験が邪魔になるような時代でもあったのです。20年経ってパソコンの進化が少し落ち着き始めたときには、通信ネットワーク技術が台頭してきて、携帯やスマートフォンへと必要技術はその基盤そのものが変わってきました。ソフトウェア技術の基盤であるOSは、Windowsからアンドロイド・iOSへシフトしたわけです。このような仕事環境の変化のなかでは、過去の技術的経験が新技術導入の妨げにもなりかねないのです。でもそういうときに必須なのが、コンセプトというような、変わらない大局的視点です。変化していくなかで、変わらないベースは何か、、、とか。それには、トータルな学習が必要なのです。哲学的な思想といったらよいかもしれません。

そういうなかで、私の一人息子は高卒で就職の道を選びました。高卒だから恵まれない仕事をしているのではとお考えですか。全体で400人くらいの製造業です。入社当時は100人くらいでした。今では大卒の後輩もたくさんいます。入社5年めくらいで、臨んで新工場に転勤しました。15人くらいからスタートし、今では100人超の人が働いています。そのなかで現場リーダー的な役割をこなしてきました。常に不満ばかりを口にしていましたが、私からすれば伸び盛りの企業には常にある幸せな愚痴でした。そして、就職3年目には結婚、5年目には子どもが生まれました。私は40歳代でおじいちゃんになることができました。さらに8年後にはローンを組んで家を建てました。入社15年目頃には現場を離れスタッフ部門へ配置換えされました。つまり、大卒者と一緒に入社し、大卒者と全く変わらない、むしろより幸せな人生をおくっていると言いたいのです。日本は一部の政治家が喧伝するよりは、一般市民には平等な国と言えると思います。だからこそ、良い大学に行けないと幸せになれないといった固定観念についてはよく考えていただきたいのです。

| | コメント (0)

子どもに勉強させる/していただく レベルアップ

夏休みステップアップ講座、お盆休み合宿、年末年始特別講座、、、、、定期的な塾学習をこなしていると、こんな案内パンフを受け取ると思います。実はこれをうまく利用することこそが、次へのステップアップの効果的な一助なのです。継続学習に加えて短期集中長時間学習。継続と集中、両者のミックスです。高校受験を控えた中3生の基本的な学習時間は、平日は、塾と家庭学習で4時間と言われています。3時間でも集中度合いが高ければOKにもなるでしょうが、とにかく3~4時間です。そこに、不定期であっても、集中学習を加えるのです。学校の年間行事と長期休みの合間を縫う形になります。夏休み、冬休み、春休みを中心に、ゴールデンウィークの時期や、9月のシルバーウィークの連休を利用します。気合があれば、祝日と週末が重なった連休でもOKです。さらに子ども本人がこの集中学習に意欲的であれば問題はありません。いつもと違った環境での学習で、効果をあげましょう。積極的に参加させましょう/参加を検討しましょう。入試というもの自体が、いつもと違う特別な場なのです。緊張して実力を出せなかったとか、緊張のあまり、試験直前に体調不良になったといったことがないように、緊張感のある学習機会を積極的につくりましょう。

こんな特別な学習機会は、受身の姿勢だけではないようにしたいものです。つまり、「にがてな数学の証明をできるようにする」とか、「2年までの英語文法を理解する」といったことを、自ら意識して参加する姿勢です。与えられたプリントをいやいやこなすだけでは非常にもったいない。本人の意識が最初から受け身では、すぐにいやにもなります。

 

ちなみに私の指導においては、中学生は20時間集中、高校生は3泊4日合宿学習を取り入れています。いろいろやってみて、このような期間、時間数に落ち着いたものです。ステップアップのための集中学習では、プリント問題をやらせる前に、既習範囲の完全理解をめざします。学校の予習や課題学習を自主的にこなすようにもっていくことを最優先にしています。

高校生の春休み、あるいはゴールデンウィークの3泊4日合宿では、「英語EC科目1年分の対訳ノートつくりを終わらせる」といった目標です。1年分とは、いうまでもなく英語ECの教科書の本文すべてという意味です。英語ECという1科目だけですが、1年分の予習を全部、あるいはほぼ全部終わらせることは大きな自信になります。少なくとも今後2~3ケ月分ならば、まちがいなく終了させることができます。これにより、自信とともに、学校授業が始まってからは他教科の予習復習の時間をとりやすくなります。英語ECの和訳に必要な文法は、8割程度までは既出の内容です。単語や慣用句の予習だけでかなりのレベルまでやれるのです。もちろん20センテンスに1つくらいは、教わらないと理解できない文も現れます。それを授業実施まで待つか、時間をかけて今トライするか、このような微妙な点は個人の力量次第です。

塾講師は学校の教員の代わりになって先を教えるのが仕事だと思っている方も多いでしょう。しかしながら、中学生向け塾が典型的に行う3週間先取りといった学習はあまり感心したものではありません。学校の授業で先生の説明を聞かなくなる/聞けなくなる生徒が出てしまいます。ひどい場合、学校授業の内容をほとんど覚えていないという「優秀な生徒」が現れることになります。優秀な生徒は、塾で少人数、あるいは個人向けに要領よくかつレベルにあった説明を受け続けると、それが当然と思いこみます。そのため、40人向けの授業は冗長で聞く気にならない、結果聞かないということがおこるのです。これは、高校に進学してから大きなデメリットになります。高校の科目は、量が多くかつ範囲も広いので、塾ですべてを教わることはできません。無理にやるには、1教科につき週4~5回、塾に行くことにもなります。こういった例が示すように、先んじてすべてを教えることが、最良の勉強法というわけでは決してありません。生徒個人のレベルにあったがんばりで、個人のレベルにあった予習をすることが重要です。ECの予習にかける時間を1ユニット/パート、90分とか60分とかに決めて、その時間内でやれるだけやるというような采配が、高校の学習では重要になります。無限の学習時間があるわけではありません。必要科目に対し適切な時間配分を考えて学習する必要があるのです。この意味で、数学については1年分の先取り予習を私はお勧めしません。自主学習中心で実行するには負担が大きすぎるからです。数学については、数ⅡBまで難なく習得できた生徒ならば、数Ⅲの先取り予習もよしとできるくらいのものです。

 

中学生の20時間集中では、基本的に個別対応で予定を組みます。個人の力量に応じて、20時間をこなす日数や1回に学習する時間数は異なります。理想としては、最後に1日8時間学習を体験して終わりたいと考えています。午前4時間、午後から夕方にかけて4時間。つまり、それほどの負担にはならないはずなのです。4時間集中するとどの程度の学習ができるのか、そういう自分の力量の確認が一番の目的です。中学生の場合も、私の指導の基本は、既習範囲の完全習得です。先取り学習よりは、既存範囲のレベルアップです。内容をより深く掘り下げ、難易度の高い問題に対応できる実力をつけることです。これをどう自主的にやれるようにするかが問題です。自主性やら自発的意志がないと、試験が終わったところでほぼ白紙に戻るからです。興味のないことは誰しも忘れたいのです。いやいややらされた学習内容は、急速に忘却の彼方に去って行きます。継続学習と集中学習のミックスでどう自主性を育てるか、もう一歩進めてその子ども独自の新たな発見ができるか。そこが肝心です。自力で発見した内容は、一生忘れることはありません。発見という楽しさを見いだした体験こそが、向上心・向学心に結びつきます。

| | コメント (0)

子どもに勉強させる/していただく 継続

 さて、とっかかりはなんとかできたとして、それをどう継続させたらよいでしょう。3時間懸命に勉強しても3日で終わったら、定期試験の点数に反映できるとは思えません。最低でも2~3ケ月の継続的な学習が必須です。この継続的な学習をさせる、あるいは子どもにしていただくことがまた一苦労です。

 そこで現実を考えます。多くの子どもはゲームが大好きです。毎日数時間、怠ることなく遊んで、それを既に何年も継続してやってきている、そういう児童生徒は多いでしょう。それならば、まずはゲームで遊ぶ時間と勉強する時間に関係をもたせたら何かできそうですよね。繰り返しますが、子ども自身もゲームばかりやっていてはよくないとわかっています。それを理解し、いろいろ案を練ります。

  • 宿題が終わったらゲームをしてもいいことにする。
  • 勉強時間と同じ時間だけゲームをしてもいいというルールをつくる。
  • ゲーム時間は1日2時間だけとしよう。

 こんなところから始められるでしょうか。ここで重要なことは、子ども本人がもっている「やらなくちゃならない」感覚をうまく引き出すことです。それには、大人も学ぶのがベスト。大人は忙しいものです。仕事や家事の合間に、例えば英会話の勉強をしようとしても成功しないのが普通です。継続的に一定の勉強時間をとることが難しいですから。たとえ一時期はやれたとしても、たいてい何かがおこり、2週間くらいすぐに間があいてしまう。そうなると、前回やったことを覚えていない。運よく不定期に時間をとれたとして、次にいつとれるか見とおしが立たないと、意欲もわかなくなる。一念発起してやってみても、おおよそこんな展開でしょう。実はこれは子どもも同じなのです。子どもは子どもで忙しいのです。友達付き合いやゲーム関連イベントとか。中学になれば、部活に学校イベント、模試、修学旅行、、、理由はともあれ、仕事で忙しいあなたが勉強しようとする状況とほぼ同じ状況に子ども達もいると理解してあげてください。

 子どもは勉強が本業なんだから、しっかりやらなきゃならないに決まっているだろう。仕事で忙しい大人が、合間をぬって勉強するのとは根本的に違う、とおっしゃる方がいるかもしれません。モーレツサラリーマンの大人は、そう思いがちです。でもでも、勉強嫌いな子どもにとって、勉強は本業ですか。やらなきゃならないことはわかっていますが、それは、好きなことをやるためにしかたなく勉強しているという姿勢ではありませんか? つまり、勉強は本業ではないのです。大好きなこと、例えばゲームの合間にちょっとだけやること、仕方なくやっていることなのです。そこを理解し、頭ごなしに叱るようなことは慎んでいただきたいのです。

 もうひとつ重要なこと。継続には評価が大事です。勉強を以前よりはやるようになったとします。ここで、あなたの評価が次への意欲アップの成否を決めることになります。再び保護者の禁句です。「早くやりなさい。」「そんな少ししかやらないの?」「こんなひどい字じゃだめでしょ!」「まちがいだらけじゃない、、、」ネガティブ評価は永遠に続きそうです。さらには、「これができたんだから、あれもやってみない?/やりなさい!」「2時間じゃ足りないでしょ。最低3時間やれと先生もおっしゃったでしょ。」大人の思い込み応援メッセージは限りなく続きそうですね。あなたが会社勤務のサラリーマンだとして、上司にこんな言われ方をしたらどう感じますか? 自分の子どもに対して、小言慣れ、叱り慣れしすぎていませんか? 子どもに勉強をさせるということは、子ども本人と大人の両方の成長があってのことです。子どもといえども自分ではありません。他の人です。過去と他人を変えることはできません。あなたが変えることができるのは、自分と未来のみです。

| | コメント (0)

子どもに勉強させる/していただく きっかけ

「子どもが勉強しない。」「もっと子どもに勉強させたい。」これは小中高を問わず、子を持つ保護者ほぼすべての人に共通の悩みでしょう。

 いちばん簡単な解決方法は、、、、、「悩まないこと」です。勉強してもしなくとも悩まない。でも、、、それでは遊んでばかり、、、心配で、心配で、、、、、

 これまでの経験では、子どもの好きなこと等と引き換えに勉強をする/させることから始めて、徐々に勉強そのものを好きになるようにもっていく。そうできるかどうか、そこにかかっているようです。

 子どもに勉強させるために、まずは親側の禁句から。最悪は「勉強しなさい!」。上から目線で命令。これはダメ。次に小言をくどくど言う。くどくどでなくとも、同様のことを何度も言う。もし小言を1000回言って子どもが良い方向に変わるなら、私は速攻で10,000回言うでしょう。小言1000回で得られるのは反発だけです。小言を発すればそれだけ反発が増幅するのみ。まったく逆効果。「勉強しなさい」命令も、小言も、子どものためと言いながら、大人の感情、多くは自分のストレスや怒りをぶつけているだけだったりするのです。本当に子どものためを思っているなら、冷静に分析してみて、効果がないことを悟り、別の言い方をするでしょう。

 根本の問題は子ども目線に全く立っていないことです。子どもだって勉強しなきゃいけないとわかっているのです。でもやる気が出ない。やってみてもあまりできなくてすぐいやになる。なんとか宿題をやったら、もう限界。繰り返しますが、子ども自身も悩んでいます。いちばん悩んでいるのは子ども本人です。にくまれ口をたたきながらも。まずはその悩みに共感することからです。そもそも自分に問うてみてください。あなた自身、子どもと同年齢のときに、どれだけ勉強しましたか?子どもの反発は、大人の無理解にあると自覚してようやく第一歩です。

「やる気がでない」、「やろうとしてもやれない」をもう少し掘り下げてみましょう。「勉強しなさい」と言われて、子どもが自分の部屋に行って机に向かったとします。何をやるでしょう。それが明確にわかっている子どもなら、多くは言われる前に既にとりかかっているでしょう。とりあえず学校の宿題プリントを開いたとします。スラスラかける子は、やはり言われる前にすませているものです。普通は、わからないことが多くてなかなか進まない、教科書を読み直す(教科書を学校に忘れた、もあるある)、読んでもよくわからない、やっぱできない、いやになる、机に座っているけど上の空、ボケッとする、高校生ならスマホに手を出す、中学生ならゲームかマンガ、、同じ悩みをもつ仲間とやりとり、、、机に向かってもこんなものです。そもそも自分の部屋に行って机に向かうこと自体が「チョー気が重い」ことなのでしょう。もしご家庭に、子ども専用の勉強部屋があるとして、それは子ども本人にとっておもしろい場所でしょうか。楽しい思い出のある場所でしょうか。人の気配がない、寒い部屋ということはありませんか。場面を変えて、居間で勉強していたとしたなら励ましの声を常にかけていますか。TV番組の合間のCMを利用して暗記練習をし始めたなら、まずはほめることが重要ですよ。

 さらに掘り下げて、具体的に何から始めれば適切と言えるのでしょう。個人指導の塾講師がうまく導いてくれることもあるでしょう。一人ではなかなか進められない子も、一緒に勉強に付き添ってくれる大人やお兄さんがいるだけで、かなり進めやすくなるのは間違いありません。孤独ではありませんし、安心感も大。なによりも、レベルにあった適切な問題を提示してもらえるでしょうから。

 私自身の塾講師の経験で言えば、1回90分の個別授業を週2回やるならば、かなりの程度、効果を出せます。中学生ならば、間違いありません。高校生となると、うまく効果を出せないこともあるでしょう。個別の差はありますが。運動部所属の生徒であれば、体力があって、それが学習の集中力の持続力になって、短時間でもけっこう効果を上げられます。高い授業料を支払う塾でなくとも方法はあります。ご両親や祖父母が自分のデスクワークをしながら、子どもの勉強に付き添うだけでも効果があるのです。孤独ではありませんから。子どもだって勉強ができるようになりたいのです。子ども目線でいろいろ考えてみましょう。そしてやってみましょう。10個アイデアを出して実行すれば、3個くらいヒットする可能性はありますよ。

| | コメント (0)

英検3級合格指導を依頼されて

 個人的に中高生を教えていますが、ときどきこのような問い合わせを保護者からいただきます。小学生ないし中学1年生の我が子に3級合格指導を、と。「5級に続いて4級も合格した。これなら3級もいけそう。うちの子の英語能力をこの機会にのばしたい」と、保護者は考えます。このような問い合わせに対し、私はほとんどの場合、おことわりさせていただいています。理由は、継続してよい結果を出すことが難しいからです。「継続してよい結果を出す」ための壁は、まず3級合格に要するカリキュラムの問題、そのための日本語特に文法知識の問題、加えて英語圏の文化理解の問題、さらにその後の準2級合格に向かう際の高い壁、高すぎる壁が見えてしまうという問題からです。

 まず、英検4級合格は英検4級の学習内容をすべて理解していなくとも可能だということをご理解ください。合格点である70点すれすれで合格した場合、4級カリキュラムのほぼ3分の1はまだ理解できていないともいえるのです。仮に私が、3級合格の要望に応えるとするならば、当面4級の問題で練習を続けます。毎回ほぼ満点をとれるようになって、ようやく3級の学習にはいります。ほぼ満点というのは、98100点くらいの点数です。3級合格をめざすための4級合格と、単なる4級合格は、内容、つまり達成度が異なります。3級合格には、4級範囲のほぼ完全な理解が必須です。また、4級を合格点すれすれで合格した児童・生徒は、4級の問題ならばかなり良い点を取ることができます。悪くとも70点前後で、練習を重ねるごとに点数を上げることができるでしょう。これでモチベーションもあがります。4級の学習の終盤で、つまり9095点をコンスタントにとれるようになった時に、高いモチベーションを維持できる子どもは、まずまちがいなく3級も取得できます。但し、それでも簡単ではありません。70点代から10点あげる学習内容と、80点代から同じ10点アップする学習内容は、量と質が大きく異なりますから。

 4級がほぼ満点とれるようになったら、いよいよ3級の勉強です。次なる壁は文法です。英検3級は中学校の英語履修範囲とほぼ同じです。完了形や、過去進行形なども出題されます。英語の前に、これらの日本語文法を理解する必要があります。必須ではありませんが、日本語文法を理解してから英語を学んだ方が、日本人には学びやすい場合がほとんどです。このとき、英語の完了形というものが、日本語では表現しにくいため、小学生はけっこうな苦労をします。英語の形は単純ですが、日本語の訳がむずかしいのです。訳というより、ニアンスが難しいとカタカナ語で言いたいくらいです。英語の形と使われている前後の文の意味から、日本語の意味合い=ニアンスを理解して訳さなければなりません。これらの文法知識が小学生の子どもにとって、理解しやすいものかどうかです。

 さらに英検3級では、英国や米国、豪州の文化等も少なからず理解しておく必要があります。英語ネイティブの国の地理や歴史の知識も必要です。つまり、カタカタ表記の地名や人物名でなく、現地の英語スペルの地名・人名になじむ必要もあります。この時点で、カタカナ表記の地名や人名が聞いたことがないものだと、少し奇妙なことになります。現地に生まれ育った子どもならば、日本語表記は知らなくともかまわないでしょう。しかし、日本において日本語で生活し学習しているなかで、外国語が先行してしまって、日本語は知らないというのは、将来的によい結果を生むものでしょうか。繰り返しますが、1時間程度でもかまいません、毎日ネイティブに英語を教わっているとか、ネイティブに接している子ならば、早期の3級取得も英語を学習するひとつの方法です。大多数のそうでないご家庭においては、まずはしっかりした3級対応の日本語能力をみがくことが優先されるべきだと考えます。

 これらを承知で、それでも小学生のわが子に3級を取得させようという場合は、くれぐれもご注意ください。早期に英語嫌いにさせることのないように。これは特にお気をつけいただきたいと思います。私自身は、小学生の3級指導で、英語嫌いになるのを避けるうまい方法をいまだに見つけられません。指導をお断りする状況は当面続きそうです。

| | コメント (0)

ロボット製作再挑戦

マグボットをほぼ書籍の通りに製作してみてから相当の時間が経ってしまいました。
この間、ほかにも、自動水温測定記録装置も作成しました。
タイマーを積んで、SDカードにセンサー情報を1時間ごとに記録するものです。
さらにwebサーバー機能も入れて、スマホでリアルに温度を受信できるようにしました。
機能としては素晴らしいのですが、工夫が足りなくて電池がもちません。
水温が0度近くになると、ますます電池の消耗がひどくなります。
web機能をタイマー設定で、断続的にする必要があります。
さらには肝心の温度の校正がうまくいかず、まあ、アイデア倒れとなりました。
気を取り直して、模型の車にwebサーバー機能を積んで、スマホで遠隔操作できるものを作りました。
こちらは、モーターが発するノイズの問題か、感度が悪すぎました。
それやこれやの失敗から多くを学びました。
ほんとに、人間、失敗からこそ多くを学べるものです。

| | コメント (0)

« 2016年9月 | トップページ | 2020年11月 »